快飛行家スミス飛行記録
俳優・奈佐健臣(大沢事務所所属)、作家・演出家・北川原梓、グラフィックアーティスト・木立十の徒然帖
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劇団桟敷童子
風来坊雷神屋敷

を見てきました。

北区飛鳥山公園
内特設天幕劇場による<テント芝居>。
日本の古い因習をベースに人の命の重さを問う作品です。

昨日は楽日前土日ということもあって、200人入る客席は立見席も作られ熱気でいっぱいとなっていました。

終演後、近くの居酒屋で出演者の岡島博徳さんと1ッパイ。
時期こそ奈佐健臣とは入れ違いだったようですが、岡島さんも状況劇場出身者。その後梁山泊の旗揚げに参加された俳優さんです。
時代の流れや芝居の創り方などを肴に2時間ほど語り合いました。

<本当の意味で芝居を創る>
という事の意味を改めて考え直した一晩でした。
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いろいろなことが動き始めている。
右を見ても左を見ても、何をしていたかわからないような日々を送っていた4年前。
やりたいことはあってもなかなか動き出そうとしなかった3年前。
焦りともどかしさで苛立ちを隠せなかった2年前。

そして、1年前。
快飛行家スミスとして旗揚げを決行。

もう飛び続けるしかない。
そして、たくさんの人々が次々私たちに、ガソリンの提供をしてくれている。

本当に飛び続けるしかない。

快飛行家スミス誕生1周年。



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17:15。NHK新番組のナレーションのオーディションに向かう。
今各駅停車しか止まらない駅で電車待ち。
特急電車で病人が出たらしく、各停がかなり遅れているようだ。なんで特急に問題が起きたのに、各停が遅れているのか意味はわからないが、とにかく電車はこない。過疎地の駅は特急や急行や快速がビュンビュン通過していく。
意味がわからない。
それより、大丈夫なのか?俺。

18:17。なんとかスタジオに着いた。
マネージャーさんにオーディションの人数を聞くと12人だという。結構難関だ。しかしなんとしてもとらなくては。快飛行制作事務所の明日がかかっているのだ。そうだ!なんとしてもとらなくては。

18:52。終了。
まずまずだ。後は運を天にまかせる。この結果は来週報告します。寝込んで書けなかったりして…
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10月16日、わが快飛行制作事務所に迷い込んできた蜻蛉
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小さなその体で、懸命に生きました。
そして、その寿命をまっとうしました。
青い空の下をもう一度飛び回ることは、叶いませんでした。
砂糖水の含んだティッシュの上でゆっくりと息をしながら、ゆっくりと眠っていきました。

そして、久しぶりにいいお天気になった今日。
蜻蛉の埋葬をしました。
事務所の横の大きな木の根元。蜻蛉は奈佐の手で新しい寝床へ休みに行きました。
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静かに安らかに休息をとって、またずっと先の未来で青空の下を飛びまわれることを祈って。

おやすみなさい。
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脱稿のはずだった。
本当の締め切りは15日だった。

そして、今日もまた日が暮れて夜が更けていく・・・。
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おとといの夜、事務所の窓を叩く羽音がした。
近づいてみるとカーテンの裾に小さなトンボが引っかかっていた。慌てて救助して、タッパに入れてやる。寒くなって、そのうえ道に迷って、たまたま見えた灯りに飛込んでしまったのだ。
夏の芝居はトンボの話をした。だからもう一度元気に飛んでほしかった。
今朝トンボは死んだ。北川原が作った砂糖水を必死に舐めながら2日間ここで生きた。
儚すぎる。と思った。

明日雨が上がったら近くに埋めてやろう。よく頑張ったと誉めてやりながら。
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北川原梓は、1月の阿佐ヶ谷名曲喫茶 ヴィオロンでの芝居の脚本締め切りに追われています。
実は2日間、泣き付いて延ばしてもらった締め切り。
何を隠そう今日が締め切り。
何が何でも書き上げます。

今日の夜には<脱稿祝い!>と祝杯を挙げていることを夢見て・・・
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昨日の夜。
雨が強く降っていました。

快飛行家スミスの事務所で宴会を始めた私たち。熱燗片手に1月の芝居の脚本について、はたまた2月の本番について話し合っていると、窓のあたりからバチバチバチ!といかにも「翅の音」がするではありませんか。
初めは雨に打たれたアブや蛾が軒下に翅を休めに来たのかと思っていたのです。

が、快飛行家スミス事務所在中猫型ツチノコロボットが、カーテンの下の方をちょんちょんと突っついていいるので何かと思ったら<蜻蛉>!です。小指の3分の2ほどしかない、小さな小さな赤い蜻蛉でした。
いつからか部屋の中に迷い込んでしまったのでしょう。かわいそうなことにすっかり衰弱していて、自力で飛ぶことは出来なくなっていました。

今年の夏、「青翅に眠る」ですっかりお世話になった蜻蛉です。なんだかただの偶然とも思えず、何とかしてあげたい、と思ったのですが。二人とも蜻蛉の生態についてそれほど詳しいわけでもなくどうしてあげていいののかがわかりません。
とりあえず砂糖水なら悪いことにはならないだろう、とティッシュに含ませて上においてやりました。
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飲んでいるのかいないのかはわかりませんが、自分で体勢を整えなおすことくらいは出来るようになったようです。でもまだ、飛び立つほどの力はありません。

この子の寿命なのかもしれません。でも、それならせめてもう一度青空を見せてあげたいと思うのは、人間の押し付けがましいおせっかいなんでしょうか。

ほとんど動くことなく静かに体力の限り息をしているこの蜻蛉を見て、<生きる>ということと<死ぬ>ということの意味。生まれてきた、ということ自体。
日常の中で粗雑になってしまいがちな当たり前の事を当たり前と感じること自体が、命を命とも思わない今の社会を作り上げている<不感症>とう病気の巣なのではないかと感じさせられました。
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小田急線の千歳船橋という駅に、以前から快飛行家スミスの贔屓にしているお気に入りの蕎麦屋があった。
細めの蕎麦がきりっとしまり、ちょっと辛目の汁でするするっとすすると、なんともいえない喉越しだったものだ。
このところ各地に何軒かお気に入りの蕎麦屋を見つけ、そちらにばかり足げく通っていた為、1年半ほどもご無沙汰していた。
そして昨日、久しぶりに夕飯でも食べようか、と事務所から自転車に乗って千歳船橋の駅まで走った。久しぶりの「●●●」の蕎麦に心躍る道程。さざめ降る小雨にも、思わず頬がゆるんでしまう始末だった。
そして、店に着き、席に着き、蕎麦茶を飲みながらもりを待った。
待ち遠しかった。
そして、ついに来た。
見た。
食べた。
二人とも無言になった。
黙々と食べた。
店を出た。

がっかりした。

快飛行家スミス蕎麦同好会副会長の私としては、とても許しがたいものだった。快飛行家スミス蕎麦同好会会長の奈佐も、呆然としていた。
きりっとしまっていた蕎麦は生ぬるく、だらんとした喉越し。あんなに丁寧な仕事のされていた汁は甘ったるいだけの手抜き。1年半ほどもご無沙汰していたが、この豹変振りには正直ショックを受けた。心躍るあの道程を返して欲しいくらいだ。
手をぬいた仕事に次はない。それは蕎麦屋でも、珈琲屋でも、演劇でも。全部同じことだ。
快飛行家スミス蕎麦同好会は、2度とあの千歳船橋の蕎麦屋へは行くことはない。
そして、快飛行家スミスは、決して。手をぬいた仕事はしない。
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やっぱり今も事務所の小さな嵐は二つに別れ荒れ続けている。
快飛行家スミスの二人は、事務所での宴会を始めた時からそれに負けじと納豆を海苔に巻いて、食べ続けた。それでも小さな嵐はおかまいなしに吹きすさぶ。
へへっ、二人もおかまいなしに納豆を二重三重の海苔に巻いて食べ続ける。安売りで買った納豆は山のようにある。
「あっはっは~勝負はこっちのもんだぜーっ」
うう、あっというまに「腹いっぱい、酒いっぱい」

疲れを知らない小さな嵐に勝つのはもうちょっと先かも知れない??!
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